売却益を翌年の投資に回しても、エンジェル税制が使えるようになりました。その代わり、守るべき「期限」が増えています。
この記事の要点
- 令和8年(2026年)1月1日以降に払込みで取得する株式から、株式譲渡益が出た年の「翌年末」までに再投資しても対象になります(譲渡益が出た年の確定申告で手続きをしていることが前提です)。対象は優遇措置B(一部の株式を除きます。詳しくは本文)・プレシード・シード特例・起業特例で、総所得金額から控除する優遇措置Aは対象外です。
- 同じく令和8年1月1日以降の取得分から、非課税のプレシード・シード特例と起業特例に、「取得した年の翌年末まで」の保有期間が設けられました。取得した年の翌年中に譲渡すると課税繰延に切り替わります(翌年中の譲渡でも、上場後の譲渡や一定のM&Aなどは除きます)。なお、取得した年のうちに譲渡した株式は、そもそも特例の対象になりません。
- 投資家は「前年分の申告」と「払込み・確認書の時期」を、会社側(CFO)は確認申請の時期と株式異動の報告・通知を、早めに段取りしておく必要があります。
1. 何が変わったのか
令和7年度税制改正で、エンジェル税制に2つの見直しが入りました。経済産業省は、令和8年1月1日以降に取得した株式がこれらの措置の対象になるとしています(経済産業省「エンジェル税制」)。
① 再投資期間の延長(繰戻し還付)
改正前は、優遇措置Bやプレシード・シード特例を使うには、株式譲渡益が出た年のうちに再投資する必要がありました。改正後は、譲渡益が出た年分(n年分)の確定申告での手続きを前提に、翌年(n+1年)末までの再投資が対象になります(申請ガイドライン(令和8年1月1日以降出資用)p.1〜2)。起業特例も同じ扱いです(起業特例申請ガイドライン)。
仕組みは「繰戻し還付」です。n+1年の投資額を、まずn+1年の株式譲渡益から差し引きます。差し引ききれなかった額(特定株式控除未済額)について、n年分の所得税の還付を請求します(国税庁 タックスアンサーNo.1530)。還付される額は、n年分の株式譲渡益にかかる所得税額が上限です(財務省「令和7年度税制改正の解説」所得税関係、措法37の13④)。
対象は、株式譲渡益から控除する優遇措置B(繰戻しができるのは、都道府県知事の確認を受けた会社の株式と、認定投資事業有限責任組合(認定VC)・認定少額電子募集取扱業者(株式投資型クラウドファンディング)を通じて取得した株式に限ります)・プレシード・シード特例・起業特例です。総所得金額等から控除する優遇措置Aは、繰戻し還付の対象ではありません。
② 保有期間要件の新設
プレシード・シード特例・起業特例の非課税措置を受けた株式に、「取得した年の翌年末まで」の保有期間が設けられました。取得した年の翌年中に譲渡すると、非課税ではなく課税繰延の扱いに切り替わり、取得価額の調整計算が必要になります(ガイドライン p.3、国税庁No.1530 注4)。
保有期間内でも、次のような譲渡は例外として非課税のままです(ガイドライン p.3)。
- 上場等の日以後の譲渡
- その年の12月31日に、買付けにより総株主の議決権の50%超を持つことになる法人への譲渡(M&A)
- 合併、会社分割・株式分配、株式交換・株式移転、株式交付による譲渡
- 特別清算の結了・破産手続開始の決定によるみなし譲渡、限定承認に係る相続等や、相続・遺贈による非居住者への移転に係る一定のみなし譲渡
2. 影響を受ける人
- 株式譲渡益がある個人投資家:上場株式や未上場株式の売却益を、翌年のスタートアップ投資に回したい方。
- プレシード・シード特例・起業特例を使う投資家・起業家:取得の翌年中に、セカンダリー売却などで株式を手放す可能性がある方。
- スタートアップのCFO・管理部門:払込みの時期と確認書の交付時期が、投資家の申告に直結します。会社側には、株式の譲渡・贈与を知った年の翌年1月31日までに、株式異動状況通知書を所轄税務署へ出す義務もあります(ガイドライン p.4)。
なお、保有期間要件が設けられたのは、非課税のプレシード・シード特例と起業特例の2つだけです。非課税措置ではない優遇措置A・Bには関係しません。
3. 具体的なタイムライン例
例1:2026年の売却益を、2027年に再投資する
| 時期 | やること |
|---|---|
| 2026年中 | 上場株式などの売却で譲渡益が出る |
| 2027年3月15日(月)まで | 2026年分の確定申告書に「翌年中に払込みで取得する見込みである旨」等の書類を添付し、期限内に提出 |
| 2027年中 | 対象スタートアップに払い込む。会社が都道府県へ確認申請し、確認書の交付を受ける |
| 2028年3月15日(水)まで | 2027年分の確定申告書を期限内に出し、同時に還付請求書を提出(2027年分で引ききれない額について、2026年分の所得税の還付を請求) |
例2:2025年の売却益を、2026年に再投資した
ガイドラインの例のとおり、2025年分の確定申告書(期限は2026年3月16日)に見込み書類を付けていることが前提です。付けていなければ、2026年の投資を2025年分に繰り戻すことはできません。なお、見込み書類を添付した申告書であれば、提出が期限後になった場合でも、税務署長が「やむを得ない事情」があると認めるときは適用できます(添付自体を省略できる規定はありません。財務省解説、措法37の13⑤)。
例3:2026年4月にプレシード・シード特例で取得した
保有期間は2027年12月31日までです。2027年中にセカンダリーで譲渡すると、譲渡した分は課税繰延に切り替わります。ただし、2027年12月31日時点で、買付けにより総株主の議決権の50%超を有することとなる法人への譲渡(M&A)は例外です。2028年1月以降の譲渡は、保有期間要件の対象外です。
エンジェル税制 制度マップ(令和7年度改正対応・A4×2枚)
優遇措置A・B・プレシード・シード特例・起業特例の比較と、事前確認から確定申告・保有までの流れを1つにまとめた資料です。個別の適用判断は含みません。
4. つまずきやすい点
- 前年分申告の「見込み書類」を付け忘れる:再投資を決める前の年の申告で、手続きをしておく必要があります。
- 確認書が申告に間に合わない:払込後の確認申請について、都道府県知事は申請書を受け取った日から原則1か月以内に会社へ確認書を交付することとされています(中小企業等経営強化法施行規則第11条第5項)。実際の案内は都道府県ごとに確認してください(例:大阪府「エンジェル税制のご案内」、東京都の案内)。書類の補正があれば、交付はさらに遅れることがあります。年末に払い込むと、翌年3月の申告直前に申請が集中するため、払込日から逆算して早めに準備してください。最新の手続きは申請ガイドラインと各都道府県の案内で確認してください。
- 還付には上限がある:前年分の株式譲渡益にかかる所得税額が上限です。
- どの株から売ったことになるか:同じ銘柄を2年以上にわたって特例で取得した場合は、先に取得した株から譲渡したものとして判定します。特例を受けた株とそれ以外の株を持つ場合は、特例を受けた株から譲渡したものとされます(ガイドライン p.3)。
- 会社側の報告漏れ:投資家が株式を譲渡・贈与した場合、会社は株式異動状況明細書を投資家に交付し、通知書を税務署へ出します(ガイドライン p.4)。
5. チェックリスト
投資家
- 今年、株式譲渡益が出ているか(出ているなら、今年分の申告に見込み書類を付けるか検討する)
- 投資予定先は優遇措置B・プレシード・シード特例・起業特例のどれに当たりそうか
- 払込日は、翌年の確定申告までに確認書を受け取れる時期か
- 特例で取得した株を、取得の翌年中に手放す予定はないか
スタートアップのCFO
- 事前確認を受けるか(事前確認書には有効期限があります)
- 払込期日から逆算した、都道府県への確認申請のスケジュール
- 投資契約書に必要な記載事項(ガイドライン p.50参照)
- 株式異動を把握し、明細書の交付・通知書の提出(翌年1月31日まで)を行う担当者
個別の判断は、払込日時点の要件で決まります。この記事は制度の一般的な解説です。自社や投資家が対象になるかどうかは、株主構成・払込みの時期・事業の状況によって変わります。
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※ 本記事は2026年10月17日時点で公表されている法令・行政資料をもとにした一般的な情報です。個別の取引や申告についての助言ではありません。実際の適用は、払込日時点の要件の充足、都道府県の確認、税務署の判断によります。手続きの前に、最新の申請ガイドライン・国税庁資料をご確認いただくか、専門家にご相談ください。
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